マインクラフトで英語!

聞いてしゃべれて読めて書ける、最もシンプルな方法と本質論。

B.Q.R. J-109 '80 東大(出典不明)

  前回の記事の続きなんだけど、Krashen曰く、どれほどスピーキングの練習をしたところで、その能力を獲得することにはつながらないと。

  じゃあどうすればそれを獲得することができるのか? Krashenは同じ動画の中でこんなようなことを述べている。

The way we acquire language is amazingly simple. We acquire language when we understand messages.

  つまり、例えば何かある言語を聞いて、そこで何を言わんとしているのかを理解したとき獲得は生じる。そして、例えばスピーキングっていうのは、その「結果」として生じるのであって、「原因」ではないのだと。

  実は僕はこのブログの過去記事で、"ただリスニングしてればある日突然しゃべれるようになる、なんていう幻想をもし持っているなら今すぐ捨てた方がいい(B.Q.R. J-48)" だとか、"これは推測なんだけど、英語をしゃべれるようになりたいと思ってるのになかなかしゃべれるようにならないっていう人は、たぶん「しゃべる量がそもそも圧倒的に足りてない」というのがその1つの原因になってるんだと思う(B.Q.R. J-27)" とかっていうようなことを書いたことがあって、だからこんなことを言うとちょっと言ってることが矛盾することになっちゃうかもしれないんだけど、僕はこのKrashenの言ってることってかなり妥当性があると思っている。つまり、外国語も含め言語の獲得に当たっては、ある種の反復的な「アウトプット」ってあまり必要ないんじゃないだろうかと。

  もちろん、例えば英語をしゃべれるようになった後ということであれば、ある一定量の「アウトプット」がその技量の「維持」や「洗練化」に寄与することはあるとは思うんだけど、でも実はそれすらも、とりわけ「計画的に反復を強いる」ような「アウトプット」だと、それが寄与する度合いって意外と少ない(いや、ひょっとするとほとんどない?)んじゃないかっていう気がする。

  これは、僕がYouTubeにアップしている(恥をさらしている?)マインクラフトの実況で感じていることとほぼ合致する。つまり、なんて言うか、マインクラフトの実況そのものがスピーキングのレベルアップに貢献したかっていうと、それはほとんどないような感じがしてて、まあ仮にあったとしても、せいぜい「慣れ」という程度のもの、あるいはその結果としての「改善」という程度のもの、そんな程度のものって言っていいかもしれない。

  スピーキングにおいて(部分的にであれ)流暢にしゃべるっていうレベルに到達する時って、実際には、そういう感じに徐々に「慣れ」て少しずつ「改善」していくっていうようなものではなかった。むしろそれは、一言でいえば、「一気に到達する」っていう感じ。しゃべれる範囲はごくごく狭いものであったとしても(っていうか、だからこそっていうのもあるんだろうけど)、必ず一気にやってくる。

  そして、よく考えてみると、その一連のプロセスで常に必要だったのは他でもない、「反復によらないインプット」だったのだ。(B.Q.R. J-110へ続く)

 

東大の英語25ヵ年 (難関校過去問シリーズ)

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