マインクラフトで英語!

聞いてしゃべれて読めて書ける、最もシンプルな方法と本質論。

B.Q.R. J-108 '80 東大(出典不明)

So far from its being true that we learn by repetition, repetition is absolutely incapable of accounting for learning. If repetition were the real key to learning, then the more we repeated anything the better we should learn it. But this is very often not the case. An interesting experiment was devised in which a group of children practiced a certain simple skill for eighteen days; then half of them went on practicing for seventy-six days longer, after which the others, who in the meantime had done nothing, joined them. Within ten days there was no ( )at all between the two halves of the group.

 

  この英文は、1980年に東大で出題された空所補充問題で、問題としてはなんてことないごく普通の問題なんだけど、内容的に見ると、ちょっと受験英語を教える者にとってはある意味扱いづらいようなことが書かれていて興味深い。っていうのもこの英文には、「我々は反復によってなにかを習得することはない」ってなことが書かれているからだ。

  この空所補充問題は、以前僕が働いていた塾で、一応講師全員が扱う共通の問題ってことになってたんだけど、普段英単語の暗記やらなにやらを「何度も反復して覚えましょう」なんて言っている手前、中にはやりたくないなんて人もいたりして、講師の間では「よくわかんない英文だよね」っていう見方をされていた。

  僕も当時はこの問題の内容については「?」と首を傾げる感じで、一応扱ってはみるものの、問題を解説したあと馬鹿正直に「まあ、これ、どうも言ってることよくわからないんだけど、でも、まあ、単語は反復しないと覚えられないからね? ちゃんと頑張って覚えましょう!」なんて感じにかなり苦しいことを言う羽目に陥っていた。

  幸か不幸か、今の僕なら、この「反復と習得」についての英文をちゃんと説明することができるような気がする。しかも、単に説明するだけじゃなく、ある実感を込めた形で「そうなんだよ、これ。repetition is absolutely incapable of accounting for learning なんだよねえ~」って感じにしみじみとうなづきながら解説できると思う。なんて言うかこれって実際の所、とりわけ受験英語を捨てたのちの語学学習においては、「repetition = 反復」って畢竟「learning = 習得」の原因足り得ていないのだ。

  いわゆる "Input Hyothesis" を提唱したことで知られる言語学者のStephen Krashenがこれと似たようなことを述べていて、例えばYouTubeにアップされている動画でこんなようなことを言っている。

Speaking is not practicing. The ability to speak another language is a result of acquiring it. Not its cause.

 

  曰く、スピーキングっていうのは練習にはならないんだ、と。スピーキングの練習をどれほど行ったところで、それが「原因」となってしゃべれるようになるわけじゃあないんだよ、と。むしろスピーキングっていうのは、「結果」に過ぎないのだと。(B.Q.R. J-109へ続く)

 

東大の英語25ヵ年 (難関校過去問シリーズ)

東大の英語25ヵ年 (難関校過去問シリーズ)