マインクラフトで英語!

聞いてしゃべれて読めて書ける、最もシンプルな方法と本質論。

B.Q.R. J-106『7カ国語をモノにした人の勉強法』

新しい単語を覚えるのにも、自分で例文を作ってみることが、よい訓練になります。ただし、絶対に文字で書いてはいけません。日本人はすぐ書き出して、その文字に頼ってしまいますが、これによって音声からはますます遠ざかってしまいます。(『7ヵ国語をモノにした人の勉強法』橋本陽介 著ーp.78)

  英語のいわゆるハウツー本の類の書籍で、「文字に頼るな」っていうようなことについて触れているものって意外に少なくて、仮に見かけたとしても、せいぜいリスニングの際にスクリプトを見ないようにしましょう(あるいは映画を観る際に字幕を見ないようにしましょう)程度で終わってるものが多い。

  語学学習っていうのはそのアプローチの仕方って様々で、一概にどれがいいとは言えないっていうのは(特にこういう語学学習の方法に関心のある人にとっては)当たり前田のクラッカーだと思うんだけど、ただ、この「文字」なのか「音」なのかっていう点については(もっと言うと、どちらを先行させるのかっていう点については)、ちょっとそういう「おててつないで仲良しこよし。一緒に並んでゴールしましょう」っていうわけにはおそらくいかないんだろうと思う。っていうのもこの選択って、「どう学ぶか」っていうよりも、「何を身につけるか」っていう所に関わってくるからだ。

  もちろん英語のハウツー本の中でも、「音の重要性」を説いてるものって実際には山ほどある。でも、そういう書籍であっても、「文字との対比」でそれを語っていなければ、その方法論としての価値は半減してしまう。例えば「音」を重視した学習法でも、「文字」の扱い方が中途半端だと、こんな状況が生じ得るっていうのが現状なのだ。

そして、日本の教室空間では、教師に外国語で問われると、完全にフリーズして黙り込んでしまうのが普通です。それで許されてしまうからです。(中略)というわけで、オーラルの授業とは名ばかり、通常はしゃべる内容をノートに書いてきて発表、というような形式をとらざるをえません。ほとんどおままごと状態です。(『7ヵ国語をモノにした人の勉強法』橋本陽介 著ーp.199)

  今YouTubeでは、中学高校の英語の授業風景を色々と垣間見ることができるんだけど、その大半の授業はこの引用にある通りで、意味表象の主体としての「音」と「文字」の扱いについてはほとんど注意が払われていないように見える。

  正直なところ、これが単に、その「音」と「文字」の先行関係(優先順位)に関する認識の甘さから来ているのか、あるいは何かそれなりの根拠を持ったポリシーがあってのことなのか、もしくは授業運営上やむを得ずっていうことなのか、この辺はよくわからないんだけど、いずれにせよ結果としては、せっかく意味表象の主体として「文字」じゃなく「音」を活用した英語運用能力を身につけられる一歩手前まで来ているのに、ものすごく中途半端な形でそれが切り捨てられてしまっているように僕には見える。

  過去記事でもちょっと書いたことがあるんだけど、この中途半端さに比べれば、まだ受験英語的訳読式英語教育でもって、「文字」を意味表象の主体とした英語を身につけた方がましなんじゃないかっていう気さえする。(続く

 

7カ国語をモノにした人の勉強法 (祥伝社新書331)

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