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B.Q.R. J-105 『7カ国語をモノにした人の勉強法』

  前回の記事の続きなんだけど、「音の真似」をする際には、そのやり方と、意味の扱いという点においていくつか注意しないといけないことがある。

  まず「音の真似」をする時のやり方なんだけど、例えば、単語単体の音声だけを再生して、それをリピートして頭に叩き込むなんてことはやめた方がいい。なんでかっていうと、それだと例の赤いシートを使っての英単語暗記よろしく、何らかの形で「意味との結び付け」=「暗記」が必要になっちゃうからだ(もっとも、音それ自体を頭に残すっていう効果はある気もするんだけど、個人的にはそれも、単語単体のリピートだとあまり上手くいかないっていうか、効率が良くないんじゃないかっていう気がしている)。

  僕は過去記事で引用した "音声と概念とを結びつける" っていう著者の言葉を、あえて自分なりに言い換えて "音声の概念化" っていうふうに書いたんだけど、言葉の「音」っていうのは「意味」と一体化したある種の「経験」のようなもので、しかもその「意味」っていうのは、「訳語」みたいなものとは違って、縦にも横にも広がっている経験の流れの中で捉えられるもの、一言でいえば、要するに「概念」なのだ。

  だから例えば、あるイラストの英単語をネイティブスピーカーが発音して、それを学習者がリピートするっていうような「音の真似」も、指導者(もしくは学習者)が、その意図をよくわかっていて、何らかの形でやり方を工夫するっていうんでなければ、英単語の対訳暗記とたいして変わらなくなっちゃうからあまりお勧めしない。

  言葉の「音=意味」っていうのは、それを分割して「暗記」するようなものじゃなくて、少なくとも初期の段階(学習者の初期段階っていうよりは、「意味」が「意味」として形をとるようになる初期の段階)では、いつの間にか頭に残ってるっていうのが理想だ。それは、例えば意識の働きとしての「経験」が、暗記するようなものではないっていうのに似ていると思う。

  一見矛盾しているような変な言い方をすれば、英単語学習の際必要になってくるのは、音を聞いた時点で「意味はわからなくても意味が頭に入る」ような学習環境(つまり上述した初期段階)を確保することなんだと思う。

  これは、実は「音声」を「音=意味」として考えれば、それほど矛盾するような話でもないってことが分かると思う。つまり、とりわけあるまとまりを持ったコンテクストにおける「音声」っていうのは、いろんなレベルで常に何らかの「意味」を伴っているわけだから、「音声」を聞いた時点で、たとえそれが判然としない「意味のわからないもの」であっても、それは何らかの形で「意味の断片」みたいなものとして普通頭に残るものなのだ。

  そして、そうやって頭に入ったいわば「初期段階での意味」(=「意味の断片」のようなもの)に、のちほど何らかの形で「あ、な~るほど」っていう感じに「気付く」。そして、その時初めてそれが「音声」とともにある存在感を持った「意味」として獲得される。そしてそうやって獲得された時初めてその語彙力は、実際的な運用力を持つ土台して機能する。

  「音を真似する」際、結局従来の受験英語的英単語学習のような「暗記による結び付け」みたいなことになっちゃうと、その語彙力って(文字表象の場合よりはまだましとは言え)かなり限定的な力しか持たないものになっちゃうと思う。これがもし、いつのまにやら入っていた意味が、「気付き」っていう形でその存在を現すっていうことになると、その語彙力は、特に英語4技能っていう観点から言えばより本質的なものとなるに違いない。

 

7カ国語をモノにした人の勉強法 (祥伝社新書331)

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