マインクラフトで英語!

聞いてしゃべれて読めて書ける、最もシンプルな方法と本質論。

B.Q.R. J-103 『7カ国語をモノにした人の勉強法』

日本人学習者は、教師も含めて、どうもこの点が分かっていない人が多いようです。音声をきちんと学ぼうとしません。まじめな高校生たちが、日々単語帳を使って、左にある英語の文字を右にある日本語の文字に結びつけることに時間を費やしているのですから。そして、音声はといえば、頭の中で勝手なカタカナ式の理解で済ませてしまっています。(『7ヵ国語をモノにした人の勉強法』橋本陽介 著ーp.64)

 

  受験英語を教えていた頃の僕も、この日本語の対訳スパルタ暗記を生徒に課していたわけだから、僕もかつては "どうもこの点が分かっていない人" の一人だったっていうことになるんだけど、最近では、電車の中で、赤いシートを使いながら単語帳片手に一心不乱になってる高校生を見るたびに「まだこんなことやってるんだ」とちょっとかわいそうに思うと同時に、「ああ、なんて無駄なやり方をあんなに必死になって教えてたんだろう」と、なんだか過去を振り返りながら自省の念に駆られるようになった(もっとも、当時はいろんなツールがまだ充実してなかったし、そのやり方がベターだったわけだから、後悔はしていないんだけど)。

  さすがに「酒臭い変なおじさんと思われるのは自明」というわけで、車内でいきなり声かけて、「それ、やめたほうがいいよ」なんて説き始める "不審な行動" に出ることは(残念ながら?)今の所ない。

  でも例えばそんな高校生に向かって、今自分が何かアドバイスをするとすれば、はたしてどんなことが言えるんだろうか?

  おそらく大半の高校生が学習してる英単語って「文字を見れば意味がわかる」っていう状態になっていて、しかもその "意味" ってあくまでも「日本語を媒介にして把握される "意味"」つまり「訳語」だろうと思う。

  この「文字を見れば意味=訳語がわかる」っていう状態は、例えばリスニングやスピーキングのスキル習得っていう面からすると、実際の所ただただ邪魔になるだけで、まずほとんど使い物にならない。

  それからリーディング、ライティングの土台っていう面から見ると、そうやって対訳暗記で築かれた語彙力って、あまりにもその役目が限定され過ぎてて、その土台としての機能を果たすことって実はないと言っていい(つまり、例えばリーディングの場合、純粋な意味では、これって「翻訳」の際の土台にはなり得ても、「読む」際の土台には実はなり得ない。本質的な意味で「読む」ことの土台になるのは、前回の引用を拝借して言えば "概念の音" 、これなのだ)。

  だから、英単語学習のアドバイスっていうことで言えば、まずは「文字を見れば意味=訳語がわかる」っていう学習法を極力避けて、代わりに「音を聞けば意味がわかる」ような方法を採るようにした方がいい。

  日本語のことを想像してみるとわかると思うんだけど、そもそも「意味」っていうのは「訳語」みたいに一対一対応でペタペタ貼り付けられてるようなものじゃあなくて、もっとなんて言うか捉えどころのないものだ。

  それは、実質的には、徐々に蓄積され洗練化されていく「経験」のようなもの、感覚的には、もうほとんど「音」と同化して切り離すことができない、言わば「音の感触」「音色」のようなもの、そんな感じのものだ。

  だからそこからすると、「音を聞けば意味がわかる」っていうのも、音を聞いた時に「訳語」みたいな具体的な物が記憶から引っ張り出されるイメージを持たない方がいいと思う。そうじゃなくて、音を聞いた時に、その意味の「感触」みたいなもの、聞いた音の「音色」みたいなものが「意味」として感じられる、そんなようなイメージを持っておくといいと思う。(続く

 

7カ国語をモノにした人の勉強法 (祥伝社新書331)

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