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A.Q.R. J-10 『王の舞』他

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金澤隆『王の舞』P20一部

   1986年千葉県生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業。卒業制作東京医科歯科大学奨励賞。同大学院美術研究科日本画修士課程修了。三菱アートプログラム入選。

  

  見た瞬間に「綿引はるな...... 」ってつぶやいてしまうくらい画風っていうか作画法っていうか、なんかその見た目がよく似ていると思った。でもよく似ているだけにその違いがむしろ際立って見えて、両画家の特徴をつかむのには絶好の機会だった。

  綿引はるなの画は以前に取り上げたことがあって、その過去記事で僕は「何かが欠けている」みたいなことを書いたんだけど...... 

espinmc.hatenablog.com

 

その「欠けている」と思われたものが何だったか、この金澤隆の画を見てちょっとわかったような気がした。

  端的に言えば、金澤隆の画には「生命力」がある。観ていると、まるで今にも動き出すんじゃないかと思われるほどの存在感が伝わってくる。描かれた眼光には強い意志が宿っていて、こちらが観ているっていうよりも、むしろ見られているような気さえしてしまう。それはもはや「猛禽」ではなく、鳥の形をした「人間」に近い。話しかければジブリ・アニメの動物よろしく、ニヤッと笑って言葉を返してくるんじゃないだろうか......。

  綿引はるなの画には、そういう「生命力」は無い。っていうより、そういう類の「生命力」みたいなのを、たぶんあえて削ぎ落としているように見える。過去記事を書いたときに感じたあの印象が、この金澤隆の画によって、また違う光を当てられて舞い戻ってきた。

  どっちがいいか、それはわからない。どっちのほうが好きか、これも何とも言えない。ただ、ひょっとすると綿引はるなは、この金澤隆のような画も、描こうと思えば描けるんじゃないかっていう気がする一方で、金澤隆には綿引はるなのような画は描けないんじゃないか、っていう気がする。あれ? ってことはどういうことだ?

  酔ってるせいか、なんだかよくわからなくなってきた。まあ少なくとも、綿引はるなの描くような鳥は、ジブリのアニメには出てこないかな。