読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マインクラフトで英語!

How do we get to speak English? The simple answer is here.

B.Q.R. J-68 『英語は楽しく使うもの』

学校の英語の時間が訳読中心であったために、とにかく何でも訳してしまう癖が付いていると、英語のままでは分かった気がしなくて不安なものですが、それは最初のうちだけです。しばらく我慢して絶対に訳さないでいると、やがて英語だけでそのまま分かるようになります。 (『英語は楽しく使うもの』松本青也 著 ーp.38)

 

  英語であれ何であれ、意味の分からない言葉なんてのは、何度聞いても読んでもしゃべっても分かるようになるわけがない、そんなものはノイズや騒音とおんなじで、頭をただ通過していくだけだ、なんていうふうに思う向きもあるかもしれないんだけど、仮にその言葉が現実に使用されてる言葉だったとしたら、事実は逆だよね。

   ある言葉がノイズや騒音と同レベルになってしまうのには理由があって、それは大抵の場合その言葉が、使われてる現実の文脈から切り離されちゃって、意味が分からないっていうよりも、むしろ意味を決定できないっていったほうがいいような扱われ方をされちゃってるからだ。

  たとえば、「とりあえずなま」っていう言葉を誰か日本語を学ぶ外国人に教えるとして、おそらくこの外国人は「とりあえずなま」っていう言葉を何度聞こうが読もうが口にしようがその意味は永遠にわからないし身につかない、って一見思えるわけなんだけど、それはこの言葉が現実に使われてる状況、たとえば居酒屋から切り離されて、その意味が分からないっていうより決定できないからに他ならないんだけど、でもそれが現実に使われてる言葉である以上、それがどんなレベルであれ、その言葉が実際に使われている状況が存在しないってことはまずあり得ないし、そうである以上はどんな言葉であっても必ずその意味はいずれ分かるようになる、っていうのも、「現実に使われてる」っていうのは、結局のところ実際に意味がキャッチボールされているっていうことだからね。

  だからこの著者の言うように「しばらく我慢して絶対に訳さないでいると、やがて英語だけでそのまま分かるようになります」っていうのは、そいう意味においてその通りだと思う。もっと言えば、「訳さないでいると分かるようになるなんてことはあり得ない」(なんて言う人いないかもしれないんだけど、まあそう言う人が仮にいたとして)そういうのは、既に書いたような、「言葉を現実に使われてる状況から切り離した枠内」だけでの話なんであって、でも実際には、言葉って現実に使われてる=意味のキャッチボールがなされてるわけだから、その学習・習得の方法さえ間違えなければ、むしろ訳さないでいた方がその言葉に本来備わるはずの意味が、なんていうか意味のキャッチボールをしやすいような本質的な形で身につくんだと思う。

  だから、たとえば日本語を学ぶ外国人を居酒屋に誘って「とりあえずなまって言ってみな」って教えると、その外国人はその言葉を訳さずとも、つまりその意味を知らずとも店員に投げかけて、そして今度はそれを冷たく冷えた生ビールとして投げ返されて「なるほど」と言って納得するわけだけど、その時備わった意味ってその意味のキャッチボールもワンセットになってる意味として身につくから、その意味では(って意味意味ってちょっとややこしいな)訳語として身につける場合よりも、もっと本来的に「分かる」ってことになる。つまり、そのようにして体得した意味は、「とりあえずなま」=「draft beer please」っていう訳語として、意味のキャッチボール抜きで身につけた意味とは本質的に別物だって言わざるを得ないし、だからある種ドーピング的に訳語でもってその意味を「分かった」気になるよりも、それを訳さず「そのうち分かるだろう」っていう姿勢で臨んだほうが、なんていうか「身体化される」っていっていいくらいの「分かる!」になるからそのほうがずっといい、ってそういうふうに僕は(というか僕も)思う。

  言葉の意味って結局のところ、自分自身で彫り進めて徐々にその形を露わにしていく彫刻みたいなものであって、「ハイどうぞ」って言って渡される、もうほとんどその形を自分で決められないぬいぐるみみたいなものとは全然違うんだよね。

 

英語は楽しく使うもの<2016 完全版>無料サイトを活用する最新英語習得法

英語は楽しく使うもの<2016 完全版>無料サイトを活用する最新英語習得法