マインクラフトで英語!

聞いてしゃべれて読めて書ける、最もシンプルな方法と本質論。

B.Q.R. J-54 『やっぱり英語をしゃべりたい!』

だってたいていの大卒者は「英語はまあまあ分かる」という自信があるだけで、文系でも(中には英文科卒でも!)全くしゃべれない。だから「しゃべるための勉強法」は別物なんです。(『やっぱり英語をしゃべりたい!』中尊寺ゆつこ著 ーp.174)

 

  「しゃべるための勉強法」は全くの別物。はっきり言って、受験英語のみの勉強しかしてこなかった人にとっては「しゃべるための勉強」ってほぼゼロから始めるのに等しいよ。たしかに、受験英語の知識が全くない人に比べれば多少のアドバンテージもあるんだけど、逆にその知識がかえって邪魔になる場面が非常に多いから、まあプラマイゼロでほぼゼロからって考えた方がいいね。

  僕がこの、ほぼゼロから始めなければならないっていう事実に気付き始めた時に感じたのは、ちょっとした落胆っていうか、気が滅入るような感じっていうか、今までやってきた英語っていったい何だったんだ? っていうため息が出るようなどうしようもない感じだった。

  で、その事実をなかなか受け入れられない時期がしばらく続いたんだけど、その時やってしまった、今思うと「しゃべるための勉強」としてよくなかったなあと思うことが一つある。それは「変なプライド」を捨てられなかったことなんだよね。

  「しゃべるための勉強」って、要するに「たくさん聞いてたくさんしゃべる」ってのにつきるんだけど、その際に必要なのができるだけ平易なもので始めないといけないってことだった。なんでかっていうと、平易なものっていうのは使われてる単語が頻度の高いもので占められていて、何度も似たような表現に出会いやすいっていうのと、それから文が短い。だから、聞き取りやすくて真似しやすい。だけど、こういう平易なものってたいていはキッズレベルの英文だから、「しゃべるための勉強」を始めた当初は(ほんとうに恥ずかしながら)「なんで今さらこんな簡単な英文を......」っていうちょっとしたうぬぼれのような思いをなかなか捨てられなかったのだ。

  でも「しゃべるための勉強」って、それまでの受験英語的な勉強とは全くの別物だから、一から始めないといけない。ほとんど新しいことを学ぶものと思った方がいい。おそらくその事実に気付くと、ちょっと「マジか......」と、大げさでなくそれをしばらく受け入れられないくらいのことになるかもしれないんだけど、それを乗り越えないとダメだ。そしてそのための第一歩として「変なプライド」を捨てること、これが必要になってくるよ。

 

やっぱり英語をしゃべりたい!―英語負け組からの華麗なる脱出法

やっぱり英語をしゃべりたい!―英語負け組からの華麗なる脱出法