マインクラフトで英語!

聞いてしゃべれて読めて書ける最もシンプルな方法と本質的な理論がここに

B.Q.R. J-41 『聞ける英語 話せる英語』

頭の中にいつも正しい英語だけを詰め込み、そしてその範囲内で、日本語を仲介にしないで初めから英語で考えていくことです。 (『聞ける英語 話せる英語』東後勝明著 ーp.46)

 

  もし正しい英語が音の形で意味とともに(もちろんこの意味というのは訳語ではなく)頭に入っていれば、それを外へ出すとき文法を考えずにすむだろう。はじめは小さな鎖のつながりのようなものがあちこちに散在してるような状態かもしれないけど、それらが徐々につながりを広げていくにつれて、もっと流暢に、より複雑な事柄をやはり文法を考えずとも外へ出すことができるようになるだろう。

  正しい音のつながりが、徐々にそのつながりを広げていくにつれて、より広い範囲での正しい音を獲得し、やがてそれは鎖というよりもむしろ織物のような1つの正しい「音の網の目」を作り上げていくだろう。そのような、意味の乗った音の網の目がある程度の広がりを持って、それをある程度外に出すことができるようになった頃に初めて、リーディングによってその音を、およそその範囲内の文字と一致させるようにしていく。

  そして、その範囲外の、織物の外にあるものは、少しずつ、しかしできる限り音を先行させる形で、多読によってその網の目に組み込んでいくようにする。

  そうしてできあがるいわば英語の網の目にはもはや日本語の介入する余地はない。我々は、その網の目を、縦横無尽に動き回ればいいだけなのだ。

  たぶん僕の受けてきた英語教育の問題点は、リーディングに移るタイミングが悪かったということ、しかも一気に飛躍的に移行してしまったということ、そのためリーディングが日本語を介した翻訳になってしまったこと、ここにあるんじゃないかと、今現在はそんな気がしてるんだけど、どうなんだろうか。

  前回の記事で取り上げたジャン・マケーレブの『ネイティブ感覚の英文法』にはこんなことも書かれていた。

欠点があるとすれば、2つの回路の間にあまり連絡がないので、通訳はあまり上手くできません。

 

  今僕自身はこの状態をこそ英語教育において目指すべきだと思ってる。何回も書いたんだけど、通訳・翻訳に関しては、専門学校なり大学なりで後で身につければいいよ。

 

聞ける英語 話せる英語 (ちくま新書)

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