読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マインクラフトで英語!

How do we get to speak English? The simple answer is here.

B.Q.R. J-35 『英語は絶対、勉強するな!』

『英語は絶対、勉強するな!』チョン・チャンヨン著

 

断言してもいいが、ある限られた会話パターンをマニュアル通りに覚えること、それをいくら積み重ねた所で、英語を自在に話せるようにはならないのである。

 

    I agree with you on this point. 覚えようと思って覚えたものと、勝手に覚えてしまったものとは、なんかよくわかんないんだけどまるで別物なんだよね。覚えようと思って覚えたものは、なんかいつまでたっても「思い出そう」っていうプロセスが入ってしまう。それに対して、勝手に覚えてしまったものにはそれがない。たま~にこの「思い出そう」っていうプロセスが消えることもなくはないんだけど、それは反復努力の結果じゃなくて、たった1回たとえばものすごく印象的な場面でその覚えたものが耳に入って、その1回だけで脳にこびりついちゃって、それでこの「思い出そう」っていうプロセスが消えてしまう、なんていう場合だ。一方で、どんなに繰り返しても、覚えようと思って覚えたものは、たとえこの「思い出そう」っていうプロセスの短縮化に成功することができたとしても、それが消えることはない、なんてことがある。それどころか、繰り返せば繰り返すほど、どういうわけかこの「思い出そう」っていうプロセスが色濃くなってくる気さえするんだよね。

 専門的なことは全く分からないんだけど、記憶には大きく4つ「感覚記憶」「短期記憶」「作動記憶」「長期記憶」ってのがあるらしい。記憶を保持していられる時間がだいたい「感覚記憶」だと1~2秒、「短期記憶」が20秒ほど、「作動記憶」は数時間~数日、で「長期記憶」が数か月~一生という。でね、これ全くの個人的な実感なんだけど、「長期記憶」への情報のインプットって、いったん「作動記憶」のほうに入っちゃうと無理なんじゃないかな。つまり、何度も何度も反復して覚えようとしたものって「作動記憶」の領域にとどまってしまうような気がするんだよね。で、反復すればするほど、確かに記憶は強固になって取り出しやすくなりはするんだけど、「長期記憶」のほうには移行しないんじゃないかと。

 これ、speakingの練習をする時に特に感じるんだよね。なんか、覚えようと思って覚えたものって、いつまでたっても「思い出そう」っていうプロセスが抜けなくて、こうなんかしゃべってるっていうよりも、文を読み上げるような感じになっちゃう。繰り返せば繰り返すほど、思い出そうとする回数を増やせば増やすほど、「作動記憶」の領域に縛り付けられてしまってるような気がするのだ。

 会話で瞬時に出てくる英語って、覚えよう覚えようと反復して身につけたようなものではないんだよ。なんていうか、「作動記憶」のほうへ行く前に、何かをきっかけにして一気に「長期記憶」のほうへズドーンと飛ばしたもの、っていうか飛んでしまったものって感じがするんだよね。

 

聞き取り・書き取り用CD付 英語は絶対、勉強するな!―学校行かない・お金かけない・だけどペラペラ

聞き取り・書き取り用CD付 英語は絶対、勉強するな!―学校行かない・お金かけない・だけどペラペラ